丹波焼きの故郷
手織りの歴史と伝統が息づく場所
850年の歴史を積み重ねてきた丹波焼の陶工とその家族

立杭では、数十代窯の火を絶やさず、今も60軒近い窯元が、小規模な家族経営で作陶に励んでいます。
日本各地を行商し歩いてきた立杭の人々は、問屋を持たずに自ら生業を切り拓いてきた力強さと親しみやすい人柄で来訪者を迎えます。




丹波焼の象徴である「登り窯」は、かつて、長さが100mを超えていたと言われます。江戸時代、その「登り窯」を複数の窯元共同で管理し、使い手のニーズに応えながら壺や甕、摺鉢などの生活雑器を焼いていました。
現代も共同で陶土を精製し、売り場を運営する陶磁器組合の強い団結力の一方で、それぞれ個人作家としての多彩な美意識と自由で寛容な創造性が丹波焼の魅力です。
その魅力に惹かれて、多くの若い作り手が親の跡を継ぎ、産地の未来を描きながら活動しています。
自由で創造性に溢れているからこそ、伝承していく手仕事の心が、立杭には息づいています。




丹波焼が生まれる風土

立杭は、自然豊かな山筋で、陶土に適した赤土が産出されました。今は、近隣の山土と田土を使っています。
河川や陸路による交通のアクセス、京都、大阪、神戸など都市への便が良い立地もまた、やきもの産地の継承に寄与していると考えられます。


路地を歩くと、軒先で焼成前に乾燥させている作品群、自然由来の釉薬を入れた甕や壺、無造作に置かれた石膏型などの、立杭らしい風景が見られます。運が良いと、火を入れている穴窯や登り窯から立ち上る一筋の煙を見つけることができるかもしれません。

虚空蔵山や和田寺山に囲まれた谷筋の郷では、春は新緑が瑞々しく、夏は蛍が舞い、秋は鮮やかな紅葉に包まれ、冬は澄み渡る空気と暖炉が気持ち良く、1日ごとに違う景色に出会うことができます。
そんな情趣豊かで素朴な郷の暮らしの中で、土と向き合い、火を用いて、やきものが生まれていきます。

丹波焼の創作過程
やきものの原料となる陶土は、丹波立杭陶磁器協同組合の土工場で生産されます。
また、自ら自然の土を採って陶土を精製している陶工もいます。
陶工の創作は、まずこの土を丹念に練り上げることから始まります。粒子と水分の密度を均しつつ、空気を抜きます。
次に、ろくろや石膏型を用いて成型します。熟練の技を持つ丹波焼の陶工達は、土を瞬時の手さばきで器やカップ、酒器、植木鉢、花器など多様な姿に変えて、新しい命を吹き込みます。まだ乾かないうちに、竹や鉄のカンナで削り仕上げます。

乾燥後、素焼き作業や灰釉、鉄釉などの釉薬をかける工程を経て、最終的には1200℃以上の温度で本焼きして完成させます。登り窯を使う場合は、3日3晩、薪を焚べ続けます。
全ての工程が、天気や気温、湿度の影響を受ける自然の中で営まれています。登り窯の炎によって生まれるやきものの模様は、作り手と、土、日、薪、風の総合芸術と言えるでしょう。













