目次
丹山窯
profile
森本芳弘(もりもとよしひろ)

profile
森本芳弘(もりもとよしひろ)
六代目
生まれ年:1965年
作陶開始年:1988年
学歴・修行歴
京都嵯峨美術短期大学
適翠美術館陶芸研究所

The state of the workshop
スクロールできます









Works


撮影:青谷 建
Interview
湖のように澄んだ「灰釉」を食卓の彩りに。人情あふれる陶工、丹山窯・森本芳弘が描く丹波焼
使い手の日常に溶け込む「マイナーチェンジ」の妙
立杭でも指折りの規模を誇る登り窯を構えるのが、丹山窯。森本芳弘さん(以下、芳弘さん)が代表を務める。
丹山窯の代名詞といえば、草木の灰を原料とした「灰釉(はいゆう)」のうつわだ。焼き上がると、釉薬が溜まった部分が、まるで透き通った湖の底をのぞき込んでいるような深みあるビードロ色に美しく輝く。土の素朴さも併せ持ち、どんな料理も包み込む懐の深さもあり、長年愛され続けているシリーズだ。

しかし、芳弘さんはずっと同じものを作り続けているわけではないという。
ロングセラーであっても、使う人のライフスタイルの変化を感じ取り、形や色を少しずつ、気づかないほど微細に「マイナーチェンジ」し続ける。定番の中にそっと新しいアクセントを添えるその柔軟さこそが、多くのファンを惹きつけてやまない理由だ。
「作るからには、やっぱり多くの人の手に渡って、毎日使ってもらいたい。だからテーブルの上で邪魔にならないサイズ感や、食器棚に収まりのいい重なり具合には気を遣いますね」
インスピレーションの源は、自然の風景や雑誌、あるいはなにげなく目にした他の作品など、多岐にわたる。それらを自身の「アイデアの引き出し」に蓄え、現代の暮らしというフィルターを通して、新たなうつわへと再構築していく。

迷うことなく自然な流れで進んだ、やきものの道
芳弘さんは自然とやきものの道を選択した。周囲の同年代も同じように家業を継いでいた時代で、跡を継ぐのは当たり前という共通認識があった。高校卒業後は京都の美術大学へ進学し、初めて本格的にやきものの門を叩いたという。
「父のやり方と学校で習う理論は全然違いました。でも真っ白な状態で始めたからこそ、どちらもすんなりと受け入れられた。今思えばそれが良かったのかもしれません」
卒業直後に母が体調を崩し、芳弘さんは立杭から通える陶芸研究所で2年間の修業を重ねた。家業を切り盛りしながら技術を磨く多忙な日々が、今の芳弘さんの礎となっている。

「陶芸教室が生きがい」。やきものがつなぐ交流が日々の癒しに
芳弘さんは、20年以上にわたり陶芸教室も続けており、そこでの交流を楽しみにしているという。やきものを純粋に楽しむ姿に穏やかな刺激を受ける。
「やきものをすることが楽しみと思って通ってくれはる。その姿を見るのがうれしいんです」
うつわを通じて生まれた縁は、工房を訪れるお客様や、イベントでの出会いへと広がっていく。産地という共同体のなかでお客様を迎え、祭りを盛り上げる。
「この土地、このコミュニティがあって初めて、今の自分と暮らしがあるんです」と、芳弘さんは謙虚に語る。
幼なじみ、縁あってつながった人たちとの交流をずっと大切にすることに、芳弘さんの温かな人柄が伝わってくる。
「立杭に来てくれた人が、まち歩きをしているなかでふとした発見ができるような場所を増やしていきたい。小さなギャラリーでもいい、気軽に立ち寄れる空間が立杭にもっと増えたら素敵ですよね」
土と自然の恵みに感謝し、先人から受け継いだ火を絶やさない。使い手の笑顔をいちばんの糧に、芳弘さんは今日も、暮らしをやさしく照らすうつわを作っている。




