genuemon-gama / ja


目次

源右衛門窯

profile

市野太郎(いちのたろう) 

profile

市野太郎(いちのたろう) 

創業 明治の初め 六代目 
生まれ年:1975年
作陶開始年:2001年

学歴・修行歴
美濃地方で4年半修行 

The state of the workshop

スクロールできます

prev
next

Works

撮影:青谷 建

Interview

伝統文様を”パズル”に見立ててアレンジする源右衛門窯・市野太郎の軽やかな感性。日々出会う「いいね!」を形に 

使い手の声に「全振り」。伝統を遊び心で編み直す 

ギャラリーに並ぶのは、つややかな色をまとい、伝統的な文様を現代的にアレンジしたうつわの数々。その鮮やかな色合いと雑貨のようなたたずまいは、かわいいものが好きな女性の心をくすぐるにちがいない。 

源右衛門窯6代目の市野太郎さんが生み出すうつわは、丹波の土と釉薬を使いながらも、どこかモダンで親しみやすい表情を見せる。 

太郎さんは「使い手」の視点を重視し、柔軟に作品に取り入れる。 

「作品の購入者の9割は女性です。だから、家族や仲の良いお客さんに意見を聞き、重さやサイズ感など、使い勝手を最優先に考えます」 

デザインも同様だ。太郎さんの代表作である、伝統の市松模様を独自にアレンジした「パズル模様」の名称も、顧客からの「パズル模様にしたらええんちゃう?」というなにげない提案がきっかけだった。 

「自分自身にこだわりがないんです。だから、良いと思ったことはぜんぶ取り入れられる」 

ラインナップに増えた「水色」のイメージを聞くと、「海へのあこがれなんです、はははっ」と子どものように笑う。

伝統的な丹波の土と原料を使いながらも、デザインは、時にインターネット検索で目にしたもので発想し思い思いにスケッチしているという。丹波焼という歴史の流れの一部に身を置きながら、生活者の声を柔軟に取り入れながら見た目でも遊ぶ。その軽やかなバランス感覚が、太郎さんならではのうつわを作り上げる。 

自然な流れで継いだ家業。修行で学んだのは継続力 

子どもの頃の記憶で印象深く残っているのは、祖父と父が登り窯を管理し、焼いていた光景。当時、源右衛門窯では主に植木鉢などを製造しており、9つあるドーム状の空間「袋」すべてを焼くために3〜4人がかりで作業していた。窯を焼くのは、年に2回ほど。3日3晩つきっきりの重労働のすえに焼き上がった後には、その労をねぎらうためにごちそうが並んだという。 

「普段食べられないような美味しいものが出てきて、みんなでわいわいと食べました。お疲れさんという感じで。あれが楽しみでしたね」 

やきものの道に進んだきっかけも、自然のなりゆきで決めた。太郎さんにとってやきものが当たり前にある環境だったものの、本格的に土にふれたことはなかった。すべてゼロからのスタートだった。 

大阪芸術短期大学で学んだ後、愛知県瀬戸市の窯業訓練校で1年かけて基礎を習得。その後岐阜県多治見市で黒岩卓実氏に師事し3年半修行した。お皿作り、ろくろ引き、たたら作業、釉薬かけ。犬の散歩から掃除にいたるまで、4〜5人のスタッフとともにさまざまな工程をこなす。 

「先生が作るものを通して、繊細な技術や継続力を実践で学びました」 

修業を終えて家業に戻り、当初は登り窯を使った、野趣あふれるうつわを作りたいと考えていたが、使い手の反応を見ながら時代に合わせて自身の作風を見直していったという。 

伝統文様をモダンにアレンジした器づくりに主軸を置くものの、現在も年に一度は登り窯で焼いている。

アイドルの推し活が、エネルギーの源泉 

太郎さんに仕事を離れて熱中していることを聞いて間髪いれずに返ってきたのが、「ももクロ(ももいろクローバーZ)です!」。 

かつてやきものの仕事を通じてメンバーと対面したことをきっかけにファンになり、今では家族そろってライブに遠征するほど熱を入れる。 

「推しを応援しながら、大きな声を出して解放できる時間がとても最高なんです!日常を忘れてパワーをもらって、また仕事に向き合える」 

太郎さんが作るうつわがどこか親しみやすく、使う人の日常にすっと馴染むワケ。それは、太郎さんが常に等身大で、誰よりも「生活者」としての視点を大切にしているからなのかもしれない。 

丹波立杭でおすすめの過ごし方を教えてください 

「山のかたちの美しさ。頂上まで登れば淡路島や小豆島まで見えるんです。あとは独特な石垣の町並み。こんなに石垣が積まれている場所はなかなかない。細い路地を歩きながら、この景色を楽しんでほしいです」

Overview
of

源右衛門窯

Address

〒669-2135 兵庫県丹波篠山市今田町上立杭451

Website

目次