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陶芳窯
profile
清水忠義(しみずただよし)

profile
清水忠義(しみずただよし)
創業53年 初代
生まれ年:1939年
作陶開始年:1954年
学歴・修行歴
奥田康博氏、岸本義雄氏に師事
1973年 陶芳窯 独立
主な受賞歴
1979年 丹波立杭伝統工芸士認定

The state of the workshop
スクロールできます








Works


撮影:青谷 建
Interview
うつわに躍る墨流しやイッチン技法の模様。立杭に根ざし85年余り、陶芳窯・清水忠義のやきもの人生
独特の揺らぎを生む墨流し。「清水忠義」とひと目でわかる作風
工房の奥に、現役で稼働する蹴りろくろが佇む。ろくろを足で蹴りながら回転させる、丹波焼の伝統的な道具だ。その並びには、機械ろくろと石膏型がたくさん積み重ねられていた。「ほら、意外に速いでしょ」と実際に動かしてくれた。量産品を効率的に生み出してきた時代の片鱗に触れることができた。
工房とギャラリーを案内してくれたのは、陶芳窯当主の清水忠義さん(以下、忠義さん)で、2025年時点で御歳86歳だ。忠義さんは、湯呑み、小皿、花器といった小物づくりを得意とし、暮らしを彩るうつわを奥様とともに丁寧に作り続けている。
「昔は機械ろくろを使った量産もしてきました。100個、200個という注文にも応えてきました。そのなかでも手作りの良さは、残してきたつもりですわ」

忠義さんの作風の真骨頂は、伝統技法墨流し。白地や黒地に釉薬を流し、うつわをゆっくりと揺らしながら釉薬を自然に流し、まるで墨が水面に広がっていくような独特の模様を作り出す。
その表情は、詳しい人ならひと目見ただけで「あ!忠義さんだ」とすぐにわかるそう。
「70年以上いろんなものを作っていくうちに、これが自分の作品やというものができあがりました。作り手の個性が出る作品が残ることが大事なんやと思いますわ」
墨流しを施した中皿を、誇らしげに見せながら説明する姿は職人そのものだ。

母の苦労を見て育ち、父の本家で修業・営業に奔走
忠義さんは4人きょうだいの末っ子で、唯一の男の子。戦前は田舎芝居の座長をしていたという父は5歳のときに病気で亡くなり、母が女手ひとつで必死に育てたという。
遺された母は、当時6軒ほどあった窯元から仕入れた大きな壺やすり鉢などのやきものを大阪まで行商する仕事に打ち込んだ。家を出るのは、夜明け前の3時半〜4時頃。行商仲間といっしょに、やきものを背負って駅まで歩いて運んだ。
高校生になると、忠義さん自身も自転車で荷物を運んで家業を手伝うようになる。苦労して育ててくれた母の姿は、今でもはっきりと思い出せるそうだ。
「父の本家がやきものをしていたので、男は僕一人やし、やきものをやるしか選択肢がなかったんですわ」
忠義さんは、父の本家の窯元に修業に入った。当時立杭に出入りしていた三重県伊勢市の陶工の奥田康博氏に出会ったのをきっかけに彼を師とし、4年ほどやきもののいろはを学んだ。
忠義さんは営業も担当。新幹線もない時代である。夜行列車に乗り込み、夜22時大阪を出発し、朝7時品川に到着。三鷹や荻窪の得意先を訪問しつつ、土地勘のないなか新規営業に奔走した。
昭和48年、40歳を過ぎた頃、独立して自身の窯を構えた。畑の一角に登り窯を築き、陶芳窯を立ち上げた。

喪失を乗り越え、やきもの技術を次世代へつなぐ
かつて息子の美好さんが2代目として30年以上にわたり、二人三脚で仕事を続けてきた。しかし美好さんは窯焼き中に急逝してしまう。52歳だった。その喪失感は計り知れない。
「32年ほど一緒に仕事をしてきたのに。なんとも言えへん気持ちになってしもてね――」
美好さんの他にも忘れられない弟子がいる。独立後すぐに訪ねてきた一人の女性だ。東京三越で開催されていた忠義さんの個展を見て、美大を中退してやってきたという。
「驚きましたわ。女の子やから両親の了解も取らなあかん。1週間住職に預けて様子を見てもらって、それから弟子入りを許したんですわ」
その女性は7年間修業。忠義さんの教え方は、昔ながらの「見て盗む」スタイルだ。基本の技術をしっかり覚えてもらい、後はひたすら作って技術を磨いていく。
「弟子に対して直接教えることはないですわ。見て学んでもらう。それがいちばんええ方法やと思ってます」
現在は娘婿が会社を退職し、弟子入りして2年ほど経過。さらに孫が工房に来たときに「おじいちゃん、わたし将来やきものするで」と言ってくれたという。その言葉が忠義さんの支えになっている。
86歳の今も、忠義さんは現役だ。現在の楽しみは、食べること。牛丼も中トロも、何でも食べる。以前はゲートボールに熱中していたが、今は健康のために毎日20分ほど歩くことを日課としている。
「この年になってもね、歴史ある丹波焼を続けていきたい。お客さんには陶芸美術館や陶の郷を訪れてもらって、立杭を知ってもらえたらうれしいですわ」
蹴りろくろを踏み、墨流しやイッチンで模様を描く。忠義さんは後継者の存在に背中を押され、あたたかく見守りながら、マイペースに技術を磨いていく。


