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丹誠窯
profile
大西 誠一(おおにし せいいち)

profile
大西 誠一(おおにし せいいち)
創業130年以上 三代目
生まれ年:1951年
作陶開始年:1974年
学歴・修行歴
大阪産業大学短期学部 卒業
主な受賞歴
2012年 伝統工芸士認定
2015年 兵庫県技能顕功賞
2023年 経済産業大臣表彰

The state of the workshop
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Works


撮影:青谷 建
Interview
時代に逆らっても火は絶やさない。登り窯に立ち続ける、丹誠窯・大西誠一という生き方
土と炎にすべてを委ねて引き受ける「不確かさ」
丹波立杭で110余年の伝統を繋ぐ丹誠窯の3代目、大西誠一さん(以下、誠一さん)は、今や希少となった松薪による登り窯での作陶に、一貫した姿勢で挑み続けている。
誠一さんが手掛けるうつわは、皿や酒器、マグカップなど、日用雑器が中心だが、どれも過度な装飾はない。直線と緩やかな曲線が静かに共存し、使い込むほどに手に馴染んでいく。

特筆すべきは、その表情だ。炎の恵みによってもたらされた一瞬を描き出した、同じものが二つとない表情を見せる。赤土の素地に、松薪の灰が自然に降りかかり、焼成の過程で生まれた火色がそのまま残る。焼き締めによる仕上げで、釉薬はいっさい使わない。
「きれいなもんは、うちではやれへん。丹波の登り窯と薪の火。その前提は絶対に変えられない」
丹波立杭で登り窯を守り続けてきた誠一さんは、そう言い切る。 電気窯やガス窯が主流になった今も、松の薪をくべ、温度と炎の流れを身体で見極めながら焼く。その結果は毎回異なる。1回の焼成で思い描いたような結果になるのは3分の1ほどだ。けれど、その不確かさごと引き受けるのが、誠一さんの仕事である。
「焼き締めは、1200〜1300度くらいでちゃんと芯まで焼けてたら長持ちする。使っていて、ある日ポロッと割れるようなことは、まずないわ」

トヨタの営業マンから陶工へ。きっかけは父からのひと言
誠一さんは、はじめから陶工の道一本だったわけではない。短大で自動車工学を学び、卒業後はトヨタ自動車で4年間、セールスマンとして働いた。
「他で酒樽の注文が減ってきてるらしい。このままではうちもどうなるかわからん。トヨタやめて一緒に民藝品やらんか」。父の言葉をきっかけに、継ぐのを決めたという。
24歳で家業に入り、さらに父からこう提案される。
「お前は修業にどこへもしとってへんし、やきもんするんやったら登り窯1点張りでやれ。これからは釉薬のきれいなもんはなんぼでもできる。汚いもんでええんじゃ」
誠一さんも「その通りや」と納得。アルバイトから帰ってきてからろくろの練習をした。
家業に入ってすぐ、誠一さんは自身の不注意で大きな交通事故を起こしてしまう。一命を取り留めた一方で、父からこっぴどく叱られたという。
「お前、生かされた命、これからは責任持って大事にせえ!」
より一層仕事に打ち込む誠一さんは、アルバイトで貯めた資金で店舗を建て、九州などへ車を走らせてやきもの販売に行き、持ち前の商売感覚で窯の基盤を固めた。
一方で、技術の面でも父の背中を追い続けた。今使っている登り窯は、末期がんの宣告を受けた父が、執念で築き上げたものだ。「職人として生きることで、親父はその後8年も命をつないだ。その遺してくれた窯と技を、体力がある限りは続けていきたい」
51歳で難病を発症。やきものを辞めるという選択肢はなかった。
松の薪を集め、火の色を見る。74歳、身体を張って守る「職人の矜持」
現在、丹波でも登り窯を維持するのは容易ではない。燃料となる松の薪は不足し、誠一さんは自らチェーンソーを手に取り、家屋が解体されると聞けば梁をもらい受けるなど、奔走して資源を集めている。
「薪集めは重労働。ケガする可能性もあるし、若い人が継ぎたがらない理由もわかる。でも、松の薪でないと1300度を超える火力は出えへん。この熱が、土と灰を溶け合わせるんやからな」
年に数回の窯入れ。火を入れれば1日半は不眠不休だ。74歳という年齢に酷な作業だが、誠一さんは「最後は根性」だと笑う。

対面の価値。顔の見える関係を大切に
70歳を過ぎてから、不思議なことに飲食店からの依頼が増えた。メイン皿には存在感ある皿が必要だと誠一さんを訪ねてくる。焼成には時間も手間もかかるが、顧客はそこに価値を感じてくれているのだという。
オンライン販売が主流の現代において、誠一さんはあえて「対面」の価値を重んじている。
「灰被りのうつわは一点ずつ色が違う。画面越しでは伝わりきらんから、色が違うとクレームになることもある。だから俺は、ここに来てくれるお客さんと、嘘のない『中身の話』をしたいんです。『また話を聞きに来るわ』とファンになってくれるのが嬉しいね」
誠一さんの語り口は、率直で裏表がない。ビジネスライクな駆け引きも嫌う。値引きにも応じない。それは、己の技術と、薪窯がもたらす偶然の産物に対する絶対的な自負があるからだ。誠一さんの手から生み出されるうつわには、人間味あふれる温かな人柄がそのまま焼き付けられている。
丹波の土を愛し、父が遺した炎を絶やさないその姿は、効率を求める現代において、現代人が忘れかけている「本物の価値」を静かに、しかし熱く示している。

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