cocochiya / ja


目次

ココチ舎

profile

市野雅利(いちのまさとし) 

profile

市野雅利(いちのまさとし) 

三代目
生まれ年:1970年
作陶開始年:1995年

学歴・修行歴
京都府立陶工高等技術専門校 
京都市工業試験場 

The state of the workshop

スクロールできます

prev
next

Works

撮影:青谷 建

Interview

見る、触れる、使う。そのすべてを「心地よく」。ココチ舎・市野雅利の五感を満たすうつわづくり 

すべてにおいて「心地よい」を。感覚に訴えかけるうつわづくり 

市野雅利さん(以下、雅利さん)の手がけるうつわには、独特の存在感がある。柔らかなインディゴブルー、思わず触れたくなる質感、手に馴染む適度な重み。「どこにでもありそうだけど、なんだかいい」と、理屈抜きで心がホッとする魅力にあふれている。 

屋号は「ココチ舎」。使い心地、触り心地、見心地――。その名の通り、使う人が手にした瞬間に感じる「心地よさ」をなによりも大切にする。 

「シンプルながらどこか目を引くもの。言葉での説明はいらなくて、パッと見た瞬間に『なんかいいよね』と直感的に思ってもらえるようなうつわを作りたいんです。日々の気持ちが少しでもゆたかになるような」 

かつては、自身の表現を追求するオブジェ制作に没頭した時期もあった。しかし時代の変化とともに、生活に根ざした実用的なうつわへと軸足が移っていく。 

「明確な完成図をなぞるのではなく、自分自身が『こんなのがあったらいいな』と思う感覚を形にしています。伝統技法を自分なりにアレンジしながら、どう自分らしさを落とし込むか。試行錯誤の繰り返しです」 

自分を強く主張するのではなく、使う人の暮らしに寄り添う。そんな引き算の美学が、ココチ舎のうつわに宿っている。 

軍手の繕い、冬の酒粕。記憶に刻まれた家業の風景 

市野さんの原風景は、祖父の代から続く窯元の日常にある。小学生の頃、工房で祖母が軍手の穴を繕う姿をよく覚えているという。 

「指の部分を広げるために、木の枝を削って丸くした道具を自作して。僕も祖母と一緒に縫い物を手伝っていました」 

冬場の休憩時間、石油ストーブの上で焼いた酒粕に砂糖をまぶして食べたこと。年末には、父が用意してくれた新しい茶碗に自分の好きな文字を書いたり絵を描いたりして出来上がったマイ茶碗で新年を祝ったこと。お金がいっぱいになったら金槌で割らなければならない、穴のない貯金箱。雅利さんには、暮らしにとけこむゆたかなやきものの記憶がいくつも刻まれている。 

「当時はただ楽しんでいただけですが、父はうつわに愛着が湧くような工夫を生活の中で自然に与えてくれていたんだなと。今振り返ると本当にありがたい経験でした」 

中学生でなんとなく家業を意識しつつも、高校卒業後は「世の中を知りたい」と、あえて畑違いの世界へ。甲子園球場でのビール売り、ガードマン、電気店……。好奇心のままに多様な職種を経験した。20歳になり、満を持してやきものの道へと歩む。

京都で陶芸と釉薬の基礎を学び、滋賀の窯元で修業を積んだ。修業中の夏、初めて自分の作品を並べた京都の陶器市。自信作は思うように売れず、ものづくりの厳しさを肌で知った。その経験が、家業に戻ってからの「使い手目線」の追求、そして現在のココチ舎のスタイルへと繋がっていく。 

ゆたかな感性を育む、等身大の暮らし 

作陶の合間、雅利さんは多彩な趣味に心を遊ばせる。 

1つ目は、お寺めぐり。父が亡くなったとき四十九日まで毎日唱えた御詠歌(五七五七七で詠まれたお寺の和歌)をきっかけに、妻と一緒に西国三十三所巡りを始めた。

「季節の花、荘厳な木造建築や仏像。どれもが美しくて心が洗われますね。いつ行っても良い”気”が流れています」 

2つ目は、お寺で譲ってもらったハスの株の栽培。縁起のいいものとしてありがたく育てているという。3つ目はラーメン作り。出汁を取った後の昆布や煮干しも無駄にせず、佃煮やふりかけに仕立てる。 

「飽き性なんですけど、この3つだけは続いていますね」と笑う姿には、気負いのない、等身大の生き方が滲む。そんな雅利さんの暮らしそのものが、うつわの温もりとなって表れているようだ。 

「ここ立杭は、山が本当にきれいなんです。季節ごとに表情を変える広葉樹の山を登れば、遠く淡路島まで見渡せる。大阪や神戸、京都からも1時間半ほど。意外と近いんですよ」 

丹波焼の歴史と四季折々の風景。その両方に触れられるこの場所で、五感に響く「心地よさ」に出会ってほしい。 

Overview
of

ココチ舎

Address

〒669-2141 兵庫県丹波篠山市今田町下立杭323-4

目次