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千代市陶房
profile
清水万佐年(しみずまさとし)

profile
清水万佐年(しみずまさとし)
四代目
生まれ年:1984年
作陶開始年:2010年
学歴・修行歴
市野博一氏に師事

The state of the workshop
スクロールできます









Works


撮影:青谷 建
Interview
板金職人のキャリアを作風に生かす異色の陶工、千代市陶房・清水万佐年。作りたいのは「うつわの形をしたオブジェ」
目指すのは「うつわの形をしたオブジェ」
上立杭の白玉稲荷神社沿いの細い坂道をのぼっていく。時折振り返るとなだらかな山が広がり、陶の郷が望める。小高い傾斜途中の住居の壁に「千代市陶房」の名と、その下には壺が3つほど転がっている。「千代市陶房」4代目清水万佐年さん(以下、万佐年さん)の工房兼ギャラリーに着いた。
万佐年さんに丹波焼の定義を尋ねてみると、現代的なカラフルで使いやすい「窯元の商品」と、伝統的な登り窯を使う「作家としての作品」を明確に分けて考えていた。そのまなざしはとても軽やかで、伝統と革新どちらも柔軟に表現する万佐年さんの姿勢に、丹波焼のうつわの深さをも感じる。
「僕が作りたくなったのは、温かみや優しさとは真逆にあるような、シャープで繊細なうつわでした」
万佐年さんは、緊張感のある洗練されたラインを意識しながら作品に向き合う。
「使い手が手に触れると緊張するような『スタイリッシュなうつわ作り』を目指しています。僕の作るものは、食器というよりも『うつわの形をしたオブジェ』です」

板金塗装で培った「ラインを直す」審美眼
子どもの頃は人あたりのいい祖父母が好きで、学校帰りによく祖父母の作業場に遊びに行っていた。せわしなく焼きものの仕事をする姿はいつも当たり前の風景で、仕事の合間に見せてくれる穏やかさが、とくに記憶に残っている。とりわけ独特の土のにおいとジメっとした空気感もまた、強烈によく覚えているという。
「昔の作業場は、もっと土くさくて湿気っぽかったんです。おじいちゃんおばあちゃんのことは大好きで会いにいってたんすけど、作業場の独特の空気感はずっと好きにはなれなかったですね」
当時の万佐年さんは、やきものにはあまり関心がなく、学校では図工も嫌いだった。しかし、椅子を修理するなど「壊れているものを直す」作業には楽しみを見出していた。
高校卒業後は家業を継ぐ意志は1ミリもなく、車やバイクへの興味から自動車関係の専門学校に進み、板金や塗装の技術を学んだ。
一度は尼崎市の自動車用品店で働きはじめたが、友人との休みが合わない物足りなさから退職。「そうや。うち焼きもの屋さんやん」と思い出し、立杭に戻った。その後、京都の陶芸学校へ入学する。
「はじめは陶芸に面白さがわかりませんでした。でも毎日通って仲間と交流するうちに、自分が作りたいものがだんだん見えてきました」
陶芸になかなか面白さを見出せなかった理由は、子どもの頃から抱いていた「どっしり分厚く茶色いうつわ」という伝統的なイメージだった。しかし、学校で多彩な作品に触れるうち、板金で培った「ラインを直す」感覚という自身の審美眼を陶芸にも生かせると気づく。その技術を生かすことで、自分の色を出す楽しみを見出せるようになった。

日本酒文化も世界に広めたい
スタイリッシュな作品を生み出す万佐年さんだが、素顔はとてもチャーミングだ。今、万佐年さんが楽しみにしているのは、仕事が終わったあとに日本酒をたしなむひととき。
「日本酒が大好きなので、外国の方にもっと日本酒を体験してもらいたいですね。うちを訪れた方に自分のぐい吞みで日本酒をふるまうと、『おいしい!』と言ってもらえるのがうれしい。今の僕の目標は、『日本酒を広める』が6割、『外国の方と一緒に日本酒を吞みたい』が3割、『うつわを使ってほしい』は1割ぐらいです(笑)」

最後に立杭を訪れる人におすすめしたい体験を尋ねた。
「今でも月に2回ゴルフに行くくらい好きなんですけど、ゴルフはいかがですか? 立杭から30分圏内にゴルフ場が20箇所くらいあるんです。大自然のなかでのゴルフは最高ですよ」
「土くさい」家業から距離を置いた過去、車を修理する道を経てから焼きものの道に辿り着いた万佐年さん。丹波の地に根ざしながら、自身の好奇心、外の世界から得た新しい視点と現代的な感覚で、自分らしさがにじむ丹波焼を追求し続けていく。



