目次
信水窯
profile
市野信水(いちのしんすい)

profile
市野信水(いちのしんすい)
二代目
生まれ年:1957年
作陶開始年:1980年
学歴・修行歴
2002年(平成14年) 信水 襲名
主な受賞歴
1993年(平成5年) 日本工芸会 正会員
2018年(平成30年) 伝統工芸士 認定

The state of the workshop
スクロールできます










Works


撮影:青谷 建
Interview
「うつわはお茶を点てて初めて完成するもの」——茶の湯の本質を追い求める信水窯 ・市野信水氏の果てのない探求
力を抜いた自然体が生む、茶室に調和する道具
工房に併設されたギャラリーには、信水さんが焼き上げた茶道具や食器が静かに並ぶ。
薪窯の自然釉が生み出す、古丹波を思わせる深みある表情。信水さんは登り窯、穴窯など現在4つの薪窯を使い分けるが、なかでも穴窯での焼成を好む。唯一無二の表情を生み出すことができるからだ。
「構えてつくるよりも、自然に力を抜いて軽やかに作った方が良い結果が出ることがあります。焼けてみないとわからない。作るのも、焼くのも、釉薬も、すべて難しいですね」
その難しさを抱えながら、最後は土と炎に委ねる。自然の力に身をまかせる境地が、茶室の静寂に溶け込む道具を生みだす。
茶の湯の哲学を体感するために、60歳を過ぎてから改めて茶道を習いはじめた信水さん。その体験を通じて、作陶への向き合い方が変化したという。
掛け軸があり、花があり、器がある。茶の湯にはさまざまな要素が組み合わさる。書道も学びはじめ、茶道を形づくっている総合的な文化の真髄を理解しようと努めている。
「うつわは花を生けて、お茶を点てて、初めて完成するもの。茶室での使用を想定して、その場で使えるような道具を作らなければいけません」
花を生けると、うつわも花も、生き生きとする。そんな調和を生む道具づくりが、信水さんの目指すところだ。

長男として自然に継いだ窯元、襲名への葛藤
信水さんは長男として生まれ、窯を継ぐのが自然な流れだった。高校卒業後に京都の専門学校で学び、その後京都の窯元で約2年間修業を積んだ。
丹波立杭に戻って初代の元で作陶しながら茶道具の真髄を学び、花器・茶道具を中心に多くの鉄釉陶器を制作した人間国宝の清水卯一氏を中心とした会に参加し、公募展への出品を重ねながら技術を磨いた。
父が亡くなったとき、窯元を継ぐ意思はあったものの、「信水」の名を継ぐつもりはなかったという。「信水」の名の重圧。当時はその名に宿る茶陶への情熱を受け継ぐ覚悟が足りないと感じていた。転機は大手百貨店での個展開催。条件として「信水」の名前を出すことを求められた
「当時は名のある大きな百貨店で展覧会するのはとても怖かったですし、プレッシャーもありました。5年後を目処にということで、2002年(平成14年)45歳のときに襲名しました」
個展では、茶道具だけでなく大きな壺や実用的な食器も含めた一式を作陶している。信水さんは丹波焼の特徴である薪窯を使った古丹波風の作品を中心に制作する。
襲名後は年間2〜3回のペースで全国各地で個展を開催。北海道から九州まで、全国の茶陶を愛するひとたちとのつながりを築いてきた。
展覧会先では「信水窯の道具を持っています」という声をよく聞くという。全国の茶の湯のお稽古の場で、信水窯の道具が使い継がれていると実感する。

「これでいい」と思った瞬間が終わり。常に進歩を求めて
「自身に対して常に厳しくありたい。『これでいい』と思ってしまったら終わりですから」
信水さんは、自身の作品に厳しい目を向け続ける。過去に良いと思って大切に保管していた作品も、10年、20年経って見返すと「なぜこれを大切にしていたのか」と思うことがある。
「10年経ってようやく、ほんの少し上手になったかなと思えます。やきものは果てしない道ですね」
柿の蔕(※読みは「かきのへた」。朝鮮半島から渡来した高麗茶碗の一種)を作ってほしいという依頼が時折くるという。しかし、侘び寂びを極めたようなその茶碗は、素朴さを放ち、気取らない深い美しさを持ち合わせている。作為を削ぎ落とした先にある無垢な美しさ。狙って表現できないからこそ、その壁に突き当たる。
「ご飯茶碗と抹茶碗は似ているようで違う。抹茶碗を作ろうという意識で作らないと、良いものはできない。いつまでたっても、なぜこうもできないのかと葛藤しています」

プライベートでは十割蕎麦打ちを始めた。4人の子どもとその家族、孫たちが集まる正月には、自ら打った蕎麦を振る舞う。3歳の孫も茶席に座って抹茶を飲む。次世代への文化継承が、自然に行われている。
春と秋には茶道の先生を招いて茶会を主催。現在茶室を建設中で、訪問客には自然豊かな環境とともにその茶室で茶の湯の体験を提供したいと考えている。
「うちのギャラリーを見たあとは茶室で一服して、お茶を楽しんでほしいと思っています。鉄瓶と陶器の茶釜の違いなど普段体験できないことを感じてもらえたら」
自然体で作陶し、茶の湯の本質を体験的に学び、家族や訪問者に伝えていく。信水さんの歩みは、素朴な美への終わりなき探求の道である。



