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丹窓窯
profile
市野茂子(いちのしげこ)

profil
市野茂子(いちのしげこ)
八代目
生まれ年:1942年
作陶開始年:1970年
学歴・修行歴
1970~1971年 イギリス セントアイヴスのバーナード・リーチポタリーへ行く
主な受賞歴
兵庫県技能顕功賞

The state of the workshop
スクロールできます










Works


撮影:青谷 建
Interview
丹波の土に添えた英国の風。丹窓窯・市野茂子がつなぐスリップウェアと民藝の灯
丹波で唯一「スリップウェア」という技法を取り入れ、モダンさと土のあたたかみを溶け込ませた作品を作り続けている丹窓窯。出迎えてくれたのは、8代目当主の市野茂子さんだ。穏やかな笑顔の裏には、今は亡き夫・茂良さんを公私ともに支えた年月と、69歳で丹窓窯を継承した覚悟と激動の日々の記憶が刻まれている。
現在、丹波焼の地でスリップウェアを専業としているのは、この丹窓窯だけ。イギリスの風と丹波の土。その調和は、茂良さんと茂子さんが家族でイギリスで過ごした時間がもたらした唯一無二の贈りものだった。

心を無にして向き合う、暮らしになじむうつわ
「しっかりとうつわと向き合っていないと、線が乱れてしまいます。だから作るときはなにも考えず、ただその模様に集中、気持ちのままにラインを引きます」
丹波で唯一「スリップウェア」を専業としているのが丹窓窯だ。7代目の市野茂良さんが英国の陶芸家バーナード・リーチの元で修業し、その技術を身につけた。それを窯元独自の作風にアレンジしたのだ。
茂良さんが亡くなった後、スリップウェアは8代目当主・市野茂子さんが引き継ぎ、毎日うつわに模様をつける。スポイト状の道具から泥を垂らしてなだらかな模様を描くスリップウェアの技法は、心を無にする静かな時間によって、器に力強さと気品を与える。その表情にはモダンさと土のあたたかみが溶け込んでいる。
茂子さんが目指すのは、あくまで日々の暮らしになじむ、使いやすいうつわだ。多彩な作風が次々と生まれる立杭のなかで、彼女は”民藝の灯”を絶やすことなく守り続けている。

料理旅館の娘から、歴史ある窯元の嫁へ
「1964年(昭和39年)、篠山口の駅前で料理旅館を営んでいた家から、丹窓窯に嫁いできました」
当時の立杭は、立派な藁葺き屋根の家がそこかしこに建ち並び、道はまだ砂利ででこぼこ。賑やかな駅前の風景とは対照的な、のどかな里山という印象を抱いた。
「当時は住み込みのお弟子さんが3人いて、朝昼晩と食事のお世話をしておりました」
茂子さんの主な仕事は、窯元の働き手の衣食住のサポート。また、半農半陶の当時、田んぼの草を刈り、牛の面倒もみて過ごしたという。
「子どもが5〜6歳になる頃、ようやく工房の手伝いをするようになりました」
最初は、釉薬かけや窯入れ、薪運びから。やがて機械ろくろで成形を覚え、作業をこなしながら陶芸を一つひとつ身につけていった。

英国の陶芸家バーナード・リーチから授かった「スリップウェア」
「世界的に有名な陶芸家 バーナード・リーチさんから主人に連絡がありました。“これからの丹波焼に西洋風のうつわを取り入れてみたらどう? 勉強しにイギリスにおいでよ”と。リーチ夫人がかつて丹窓窯で2年間修業していたご縁からありがたいお誘いを受けて、主人はイギリスに修業に行くことになりました」
1969年、茂良さんは工房「リーチポタリー」で4年間修業する。その間に、リーチ夫人の提案で茂子さんも5歳と3歳の子どもと一緒に海を渡り、10カ月間滞在した。
これがきっかけで、丹窓窯とイギリスの伝統技法「スリップウェア」がつながる。スリップウェアとは、スポイト状の道具からなだらかな泥状の化粧土をうつわの表面に模様を施す技法。これは、丹波伝統技法で、竹の筒に泥を詰めて字を書く「筒書き」や、白の化粧土が乾燥する前に黒化粧土、白化粧土と交互に落として、上下左右に振り動かしてさまざまな文様を生む装飾技法「墨流し」にも通じるものがあった。

69歳で8代目当主に
「これからどうしよう。もう辞めてしまおうかーー」
2011年、長年二人三脚で歩んできた茂良さんが69歳で急逝。茂子さんは深い喪失感のなか、今後について悩んだ。しかし、内外からの大きな励ましの声をたくさん掛けられ、娘の公子さんも「ゆくゆくは私も継ぐ」と言ってくれたこともあり、茂子さんは8代目を継ぐ決意を固めた。
「プレッシャーはありました。でも釉薬の調合は主人から教えてもらっていたし、主人が残してくれているノートを参考にします。そのなかでも私がずっと続けていくんやったら、スリップがいちばんいいなと思ったんです」
そうやって茂子さんは立杭で、独自のスタイルを築きあげてきた。現在は娘の公子さんとともに、朝8時半から夕方5時まで工房に立つ。テレビ番組で紹介されて以来、北海道や九州からと全国から客が訪れるようになり、工芸品を扱う有名店からも注文が絶えないという。
いそがしいなか、茂子さんは月に一度、篠山の友人と会って食事をする時間を楽しみにしている。睡眠をしっかりとり、友人との会話に花を咲かせる。その健やかさが、茂子さんの創作の源泉だ。
「立杭に来たら、まずは陶の郷へ行って窯元それぞれのうつわの個性を楽しんでください。それから古い登り窯を見て歩くのもいい。うちには昔から使っていた7つ袋の大きな登り窯があります。その歴史も感じてもらえたらうれしいですね」


