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圭泉窯
profile
北村圭泉(きたむらけいせん)

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北村圭泉(きたむらけいせん)
創業70年目 二代目
生まれ年:1955年
作陶開始年:1975年

The state of the workshop
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Works


撮影:青谷 建
Interview
お気に入りのうつわで、ホッとひと息つける場所で一服を。圭泉窯・北村圭泉の、無理なくふんわり咲くように広がる茶碗づくり
県道から外れた坂道を少し歩くと見えてくるこぢんまりとした工房。窓辺に干し柿が吊るされている。「自然のものを自然のままに味わうのが、僕の楽しみなんですよ」と出迎えてくれたのは、圭泉窯2代目の北村圭泉さん(以下、圭泉さん)。工房に足を踏み入れると、ふくよかなお茶碗のほか、つややかな干支の置物、ユーモラスなカエルの書画が並べられていた。

てのひらにしっくりとなじむ気持ち良さを求めて
圭泉さんは主にやきもののうち茶陶を中心に制作、なかでも抹茶をいただくお茶碗を作る。理想としているたたずまいは、20歳の頃に心を奪われた「井戸茶碗」。朝鮮半島で生まれた「高麗茶碗」のひとつで、日本の茶の湯で愛されてきた代表的な茶碗の総称である。
「井戸茶碗の魅力は、なんといっても自然な造形美。花がふわっと咲くような、無理のない広がりがあり、手にしたときにしっくりと馴染む気持ち良さがあるんです」
井戸茶碗へのあこがれを胸に圭泉さんが追求するのは、鑑賞するための美術的なうつわではなく、この茶碗で飲んでみたいと思う、日常に溶けこむようなうつわだ。
唇がふれたときの感触、手取りのよさなど、飽きのこない作品が生まれてほしいと願っている。

40年続く干支制作、父から受け継いだ「石膏型」の技
「親父は兵庫県北部の出石から立杭に来て、窯業指導所で石膏型の技術指導員として働いていました。型の技術に堪能な人でした。親父が亡くなった20代からその技術と姿勢を受け継いで、干支の置きもの制作を40年以上続けさせてもらっています」
干支の置きものは原型を作り、石膏で型取り、「押型成形」という技法で、動物の胴体、脚、耳、しっぽといった部品を別々の型で形づくり、それらを後から一つひとつ手作業で組み合わせて作っている。
圭泉さんにとってやきものの原点を再確認するための大切な時間でもある。

自分らしくいれる場所はどこでも「茶室」になる
圭泉さんの息ぬきは、30年ほど続けている書画だ。箱書き(作品を収める箱に書く文字)のために始めた書道から派生した趣味で、いまではすっかり圭泉さんのライフワークとなっている。なかでもユーモラスなカエルの絵を好んで描いているそうだ。
「阪神淡路大震災のときに復興のシンボルとしてカエルが注目されたのがきっかけでね。それは海外でも同じで、日本でも『変える』『栄える』『無事帰る』とか『よみがえる』とか、縁起物として愛されているんですよ」
紙と筆と墨があれば、すぐに書ける。気持ちのままにさらさらと絵にしていく。その迷いのないリズミカルな動きからは、いまの圭泉さんの穏やかな心持ちが伝わってくる。
「五風十雨」、圭泉さんはカエルの絵とともに、よくこの四字熟語を添える。5日ごとに風が吹き、10日ごとに雨が降る。農作物が育つのにちょうどよく、豊作につながる気候を指し、「万事うまくいっているという意味」と話す表情はうれしそうだ。
このユーモアと祈りが同居している遊び心あふれる書画は、茶碗を作る圭泉さんが気軽にお茶を楽しんでほしいという思いにも通じている。
「お茶もね、リラックスして楽しむのが一番。畳の上でかしこまるだけがお茶じゃない。庭の一角にちょっと腰かけて、お気に入りの茶碗で点てた抹茶をのむ。個々の人がホッとできる場所でお茶をたしなむのなら、それがその人にとっての茶室だと思う」
圭泉さんは、かつて雑誌で見かけた浅草・雷門の前で抹茶を楽しむ女性の写真が忘れられないという。「彼女にとって雑踏のなかこそが心地よい茶室だった。そういうお茶でいいと思う。」
ちょっと一服しましょうか
「まあ、お茶でも一杯」
圭泉さんが、抹茶を振る舞ってくれた。どうぞと差し出されたのは、圭泉さんが作った大ぶりのふっくらとしたお茶碗だ。お茶受けには、窓辺に吊るされていた干し柿ひとつ。
「好きなように飲んでください。ここではきちんとしたお作法はいりません」
お茶碗を両手に包んで、なかをのぞきこむ。あざやかな緑色と細かな泡にみとれる。口に運んで、お茶の滋味を味わい「おいしい」とこぼれる。視線の先には穏やかな表情の圭泉さん。そこには純粋にお茶とおしゃべりを楽しむ時間があった。これぞ、圭泉さんの伝えたい「一服」のひとつのかたちだ。
「暮らしのなかで使うお気に入りの1、2点。ずっと愛でてもらえるようなうつわを、生涯かけて作っていけたらいいですね」


